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【花みどりフェア】北海道開拓と淡路・徳島の人びと

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レポーター紹介

投稿者歴じい
性別男性
年代50代
住まい兵庫県淡路市
趣味読書(司馬遼太郎など)
自己紹介淡路生まれの淡路育ち。歴史好きで戦国時代以降、明治の近代化までに興味があります。あまり光の当たっていない「淡路島の歴史や人物」をご紹介できたらと思っています。

 

 

10月10日(日)南あわじ市中央公民館 で北海道移住開始150年記念講演会『北海道開拓と淡路・徳島の人びと』が開催された。コロナ禍のため会場定員の半分の入場であったが、満席となっていた。

参加者は熱心にメモを取り、今まで聞いたことのなかった、淡路島や徳島県からの北海道移住の話に聞き入った。

 

 

 

 淡路島から北海道への移住第一号となった、徳島藩筆頭家老で洲本城代を務めた「稲田家」の北海道移住に関するものや、旧三原郡からの移住者に関するパネルも展示。明治時代の開拓の様子の写真のパネルにも、参加者からは「開拓の苦労が伝わり、こみあげてくるものがある」と感想が寄せられていた。

 逢坂徳島文書館元館長からは江戸時代徳島県の名産で全国的にも高いシェアをもっていた藍づくりが、米の作れなかった北海道でどうやって開拓を進めるかで苦慮していた開拓使(北海道庁の前身)を動かし、次々と徳島県からの移住者受け入れの道を開き拡大していったかの説明が。隣接し交流があり情報を共有できた淡路島からも次々と開拓移住が増え、徳島県からは74000人、淡路島からも明治19年から昭和15年までに20000人もの開拓移住者があったことがわかった。

又、明治18年5月に旧三原郡からの集団移住第一号となった片田村、津井村からの移住者33戸が原生林を開いてつくった、新ひだか町豊畑地区の移住者子孫達が作った開拓移住100年記念の石碑についても説明があった。

豊畑地区開基開拓100年記念誌には石を置くとかかれてあり、帰りたくても帰れなかった苦労に苦労を重ねた一世たちの思いを直接聞かされて育った孫世代の三世達が熱き想いを込めて、せめて帰れなかった故郷を見せてあげたい、故郷で錦を飾らせてあげたい、淡路の人らから『ようがっぱったなたいへんやったな』と労苦を偲ぶ声をかけてあげてもらいたいと北海道・日高、沙流川の巨石を淡路島まで運んできて『望郷』と刻み石を置いた。

頑張った一世達はいつか淡路島に帰りたい、『淡路はええとこや、雪に泣かされることもないし、庭にはカキや栗の木がなり、ビワもうまかった、山は一年中緑や』と孫たちを育てた。北海道にいったもんは、淡路を故郷と思いいつも心の中に大事にしまっていた。『淡路の人らよ、北海道に渡ったもんのことも忘れんといてな』と石が語っているようだ。

南あわじ市松帆 国民宿舎慶野松原荘 前庭

※記事内容は取材当時の情報です。詳細は各イベント・施設・店舗までお問い合わせください。

Date:2021.10.20

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